製作中の自我

僕は箱書き(プロット)を描くまで、せいぜいネームまでが一番楽しいというタイプの人間のようです。
単に絵が苦手ということもありますが、頭でっかちだからでしょう。
箱書きをを描くまでは、自我を大きくしていられます。無邪気に、自分の心の中を探検して、思いを巡らせて、自分をめいっぱい肥大して、ストーリーを構想すればいい。
絵は違うようです。芸術家ではなく、漫画家の職工的な絵だからという面も、あるかもしれません。
絵を描くときは、ゴミ虫になったかのように、自我を小さくしている方が、いい仕事ができます。
自分を小さく柔らかくして、作品にそうように、自分を作品に合わせていくべきなのでしょう。ろくろを回す作陶家も、そういうものでしょうか。
いい絵が描けた!と意気軒昂にしていると、急に描けなくなったり。
逆にちょっとへこんで、泣きたくなるような作業をしているときの方が、後から見ると良いときのようだったり。
ま、僕だけのことかもしれませんが。