脱線の作法

漫画の面白さはドラマティックなストーリーだけではない。ストイックでムダゴマのない1本道の漫画ももちろんいいが、本筋とは関係ない脱線したコマやシークエンスを描きたくなる場合もある。

よくあることだが本筋が重々しくなってきたからテーマとは関係の薄いちょっとコミカルなシーンを挟むなんていうのは脱線だ。主人公のドラマをしばらく描いたのち、脇役の行動を追って背景や世界観を示すといったことも、脱線と言えば脱線だ。世界観の描写なんて、本筋を離れてどこまでも脱線して行けるのだから。「回想」による時間軸の入れ替えにも同じ問題が発生する。

脱線は音楽の転調ににて、本筋に戻った時により勢いが増すといった効果も期待できる。最終的には脱線が作品に厚みを出すこともよくあるだろう。しかし、読んでいるその間は本筋に取っての脱線に他ならないのだ。

脱線には作者が思っている以上のリスクがある。描いている作者本人はそれが脱線部分であることを知っている。だが読み手は、本筋に戻るまでそれが脱線だとわからないかもしれない。そのシーンも本筋的に意味があるのかもしれないと解釈する可能性が高いし、それは読み手にとって「負荷」となる。さっきまでのシーンで提示されたさまざまな情報と、一見関係ない新しい情報、両方を頭の中に一時保管しなければならないのである。漫画なんてだいたい気楽に読んでいるのだから、悪くすれば本筋のことを忘れてしまう。なんの話だったのか、混乱してしまうのだ。

ストーリー中で「別のことも描いておきたいな」と思ったとき、脱線をしたいとき、以下のような工夫を考慮しておきたい。

  • 本筋とムリヤリ関連づける
    • 脱線として考えていたシーンの結末が本筋に影響するように、ムリヤリ関連づけてしまうのだ。脱線と見えたシーンが本筋へのフリになっていると、元に戻るのが楽になる。
  • 登場人物や場所は変えるが同じテーマを追う
    • 見た目が変わると脱線シーンだと読み手が理解できるし、テーマ性がブレていなければ脱線していても読み手の負荷が少なくなる。この逆で、登場人物が急に違うテーマのことをはじめてしまうと読み手の負荷は大きいし、興ざめしかねない。
  • 長く脱線しない
    • 瞬間的な転調は音楽でもしばしば行われる。
  • 脱線の入り口と出口を明確にする
    • 回想シーンのはじまりと終わりなら、コマの形や間白の幅や色を変えたりするだろう。それができないとしても、構図やセリフなどでなにかサインを入れておくのだ。